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デジタル戦争として見るロシアのウクライナ侵攻 ~分散型ITアーミー、ディープフェイク、暗号通貨など新たな戦闘のかたち~ 北米トレンド | NEC wisdom

2022年04月25日

織田 浩一 北米トレンド

 ロシアのウクライナ侵攻は長期化の様相を呈しており、この先どのような展開になるかまったく予断できない状況である。今回の侵攻でとりわけ目を引くのは情報戦、デジタル戦とも呼ぶべき、戦争における新しい側面だ。欧米諸国、ウクライナ、そしてロシアが情報やデジタル技術を武器として扱い、戦っている。どのような戦術や施策が繰り広げられ、何がこれまでと違って新しいのか、検討してみたい。
長期化するロシアのウクライナ侵攻 筆者がこれを執筆している4月第2週目。ロシアがウクライナ侵攻を開始してから、すでに43日が経過している。侵攻が始まった2月24日時点では、数日でウクライナ全土を掌握できるというのがロシア側の見通しだった。ロシアはウクライナの10倍以上の軍事予算を持ち、侵攻開始までにウクライナ国境近くに最大19万の軍隊を待機させていたと言われる。その圧倒的な戦力のために、欧米の分析でもロシアのウクライナ制圧は概ね時間の問題であるように語られていた。 ロシア空軍ヘリコプター数十機でキーウ近くの空港を掌握し、そこを拠点に空から戦隊を送り込む。同時にウクライナ北部、東部を戦車部隊で攻め込んでキーウに迫り、すでにロシアが掌握している南部クリミア周辺から軍艦で戦隊を送り込めば、戦争などしたことのない、元コメディアンのゼレンスキー大統領はすぐに降参してしまう、とロシア側は予測していたのだ。だが、この1カ月半の戦闘では、ロシアの一方的な侵攻に対してウクライナの軍、市民が立ち上がり、ロシアの攻撃を押し返している。
2022年4月10日、キーウの西にあるブゾバ村の郊外で、破壊されたロシアの戦車を眺める住民たち 写真:Sergei SUPINSKY / AFP クレジット:AFP=時事
 ロシアの戦車、車両部隊は侵攻を進めるものの、元々戦闘経験の少ない前線のロシア軍兵士の士気は下がっている。その要因は様々で、車両部品や機材の品質の悪さ、武器の老朽化、燃料や食糧の供給に必要なロジスティックスの不備、ウクライナの軍や市民による攻撃で補給を絶たれた多くの戦車の立ち往生、寒波による戦車内での凍傷等々である。兵の士気を上げるために前線に立ったロシア軍の将官たちが狙撃や爆撃にあい、将官級20人のうちすでに7人が死亡していることも伝えられている。ロシア軍の軍事的な弱さや統制力のなさだけでなく、プーチン大統領がイエスマンだけを側近にして彼らの分析や意見を鵜呑みにして侵攻を決定し、侵攻の状況や軍の被害を詳細に知らされていないという独裁政権にありがちな欠陥が透けて見える。 同時にアメリカ、イギリス、ヨーロッパ共同体、日本を含む西側諸国が一致団結し、ロシア中央銀行や政府関係者、プーチン氏の側近に対する経済制裁や石油・ガスに至る貿易禁止を実施。ロシア軍のウクライナ市民への殺戮が明らかになるにしたがってより制裁を強め、ついに国連は人権理事会からロシアを排除することを決めた。

ロシアの行動前に情報公開、世界の認識を固めてしまう 戦争において、自国民や他国に向けてどのような情報を流していくか、どのようなストーリーラインを語ってメディアや市民の認識を固めていくかという戦略は重要だ。情報をめぐる今回の西側諸国の対応には、これまでの戦争にはない大きな変化が見られる。ロシアが政府発表や自国に有利なストーリーラインや情報をソーシャルメディアで流す一方で、西側諸国はロシア政府と軍が行動を起こす前に、インテリジェンス活動で知り得た情報を開示している。今までは敵国に潜入したスパイが明らかになることを恐れて行ってこなかったことである。

皮切りは、アメリカ政府やバイデン大統領の発言だろう。侵攻前にバイデン大統領はロシアのウクライナ侵攻を確信し、プーチン氏が軍部に侵攻を許可したと発表した。ゼレンスキー大統領がプーチン氏をあまり挑発しないようにと提言したが、結果的にアメリカ政府は正しい情報を得ていたのだという認識が広がった。その後も、ロシア政府や軍の動きに先んじて様々な情報を発表し、世界へ向け想定通りのストーリーラインを打ち出すことに成功したと言えるだろう。

The illegal and unprovoked invasion of Ukraine is continuing.

The map below is the latest Defence Intelligence update on the situation in Ukraine – 07 April 2022

Find out more about the UK government’s response: https://t.co/VM4d6oMAF2

 #StandWithUkraine  pic.twitter.com/rp62XIBVE9

— Ministry of Defence  (@DefenceHQ) April 7, 2022

 ウクライナも政府や軍が防衛の様子や市民への被害、そしてロシア軍の被害についてロシア政府が発表する前に情報を逐一アップデートしている。ロシア政府はロシア軍の被害を非常に小さく発表している。だが、その内容を覆すような情報がマスメディアやソーシャルメディアで流れている。欧米政府も独自の、だがウクライナが発表した情報に近い数字を公開しているので、ウクライナ政府発信の情報の信憑性を高めている。結果として、ロシア軍が非常に大きな損害を被っており、ウクライナがこの侵攻の一方的敗者になるわけではないというストーリーラインが西側諸国に定着しつつあるように見える。

These are the indicative estimates of Russia’s combat losses as of April 7, according to the Armed Forces of Ukraine. pic.twitter.com/h66hhbFcAf

— The Kyiv Independent (@KyivIndependent) April 7, 2022

偽情報、フェイクニュースも武器に ロシアは外部のボットネットワークやコンテンツ企業なども利用しながら、偽情報やフェイクニュースを発信していることが様々なメディアで取り上げられている。その中でも最新の手法がディープフェイクだ。ゼレンスキー大統領のウクライナ国民に向けた演説があったタイミングで、彼の演説時と似た姿をさせた偽物のアバターが、ウクライナ国民に武器を捨てて、降伏するようにと呼びかけるビデオがYouTube、Facebookに公開された。このビデオはすでに削除されているが、ウクライナ国民の士気を下げるために作られたことは間違いない。

 欧米でも(日本でも一部見られるが)、保守派メディアやSNS上でロシアによる偽情報が共有されている。反ワクチン派の偽情報を配信するネットワークが、ウクライナへのロシア侵攻を機に反ウクライナの偽情報を配信するネットワークに変わり、そこからの情報がボットネットワークを介して共有されている様子が報告されている。アメリカではトランプ前大統領自身、彼が推奨する政治家やサポーター、保守派メディアFox Newsがこのような偽情報を積極的に共有していることも伝えられている。長年にわたるロシアの偽情報キャンペーンの結果と言えるだろう。米共和党支持者は現在のバイデン大統領よりも、プーチン氏を好む割合が高いという調査結果も出ているほどだ。

分散型ITアーミー、暗号通貨利用を進めるウクライナ

 2014年のロシアのクリミア占領以降、ウクライナはロシアのサイバー攻撃に対応するために、それまでのロシア企業製を中心とした通信網やデジタルインフラを欧米製に転換すべく、欧米テクノロジー企業を誘致し、独自のテクノロジー産業を興してきた。それが今、ウクライナのデジタル戦争に役立っているとする記事が政治ニュースPoliticoで取り上げられている。2019年に設立されたデジタル変革庁の副大臣であるアレックス・ボルニャコフ氏のインタビュー記事。それによると、ウクライナ内だけでなく国外のテクノロジー業界からも30万人以上の人々が「ITアーミー」と呼ばれるボランティアとして、メッセージングアプリTelegramの同庁のアカウントに集まり、同庁から指示される以下のような活動を次々と実行しているというのである。

  • ロシア政府や政府メディア、銀行などのサイトを攻撃して機能不全にする。
  • 機能不全にしたサイトにウクライナ情勢に関する情報を掲載する。
  • Meta(Facebook、インスタグラム、Whatsapp)、Twitter、YouTubeなどのサイトで、偽情報を流すロシア政府や政府メディア、インフルエンサーなどのチャネルやアカウントの削除依頼をする。
  • 上記SNS上で、ロシア軍の動きが分かるビデオ・写真を集める諜報活動をする。
    ――など

 指示系統が必ずしも設定されていない、分散化したITアーミーであるため、ロシア側も止めることができない。活動はその後も続いており、徐々にITアーミーは増えている。

 デジタル変革庁はロシア侵攻に対する人道、軍事、財政支援のための寄付を暗号通貨で受け付けている。これにより、従来の銀行振込などよりも迅速に寄付を集めることができる。元々暗号通貨の利用率が高かったウクライナだからこその施策と言える。ウクライナ国立銀行が得た2億5000万ドル(約311億円)の寄付のうち、暗号通貨による寄付額は6500〜7000万ドル(80〜93億円)に上るという。これらの寄付はウクライナ市民軍のヘルメットや武器の購買に使われているようである。さらに、都市の通信ネットワークが破壊されていく中で、イーロン・マスク氏が率いるSpaceXの衛星通信ネットワークStarlinkを利用するための端末提供を依頼したり、多くの欧米企業にロシア市場から撤退することを依頼したりしたのも同庁であるようだ。

 アレックス・ボルニャコフ氏はインタビューの中で「我々はこの新しい戦争方法を世界に初めて紹介した。非常に力強く、同時にシンプルで、この方法を取り壊すことは不可能である」と語っている。

出典:テレ東BIZ「最前線でいま何が・・・ ウクライナのデジタル担当副大臣に単独取材」(2022年3月15日)https://youtu.be/e9QVtkbiIws

 ロシアの戦術はウクライナ南東部地域を占領することに目的が変化したようであり、さらに増強した軍隊を投入することが予想されている。戦争が長期化し、ウクライナ市民にさらなる被害が及ぶことも懸念される。それと同時に、サイバー空間での戦争も様々な局面へと展開されていくだろう。ロシア側のボットネットワークやコンテンツ企業などのアカウントはTwitterやMetaなどに活動を制限された。また、マルウェアを利用したロシア系ハッカーネットワークの実態が欧米諸国とウクライナの協力により徐々に明らかになってきたと、ウォールストリートジャーナルが報じている。今回のロシア侵攻におけるデジタル戦争が世界のサイバーセキュリティ、偽情報、フェイクニュースの今後に与える影響は非常に大きいものとなるだろう。

 偽情報、フェイクニュースが無くなることはない。だが、もしかすると欧米政府はデジタル戦争における特定の局面における戦術について、1つの糸口を見つけたのではないだろうか。大きなヒントはこれまでの、そして今後のウクライナ政府の対応に見ることができるはずである。

織田 浩一(おりた・こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。


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